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目次
早春の想念
初聖体、おめでとう
スタートしました、
原爆遺物展示室管理「フレノ会」
感謝をこめて 師イエズス修道女会
フレノー神父帰天110年
―「ヨセフ年」に合わせて ―
評議会だより
黙想会のご案内
今月の典礼担当地区
浦上四番崩れ
今月の聖人
浦上街道
赤鉛筆 |
協力司祭 パウロ 葛島 輝義
園児21名のむねに
「原爆遺物展示室」管理と「フレノ会」活動開始
50年近く本当にありがとうございました。
新連載の案内
行事などのお知らせ
3月21日(日)~26日(金)
2日間コースを夜3回、昼2回
3月と4月の典礼当番
「旅」の始まりから150年特集(26)
家族で霊名の日を祝いましょう
司祭としての道のり「主任時代」(5)
編集後記 |
早春の想念
協力司祭 パウロ 葛島 輝義
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早春の風に菜の花が揺れている。今年もこの優しい季節に生きる幸いを噛み締める―。
水の惑星に生を受け、昭和、平成、令和へと曲がりなりにも生き延びている…。心臓病を超え、命をつなげば今年中に高齢者の対象になる男にも、幼い頃があった―。その頃は、日が暮れるのが随分と遅く感じられ、何度も時計を見ていたが、そのうちに加速度がついて、目にも止まらぬ速さになり、坂道を転げ落ちるように老いて来た感がある…。年齢を重ねた面と年齢とは関係なく、意識・世界観も変わって来た己に気づく…。
我々のこの世界は、
神様の恵みと愛に満ちている―。
当たり前だと思っていること、偶然の結果だと考えていること、実は、全て神様の恵みと愛の賜物であるということ―。ところが、多くの人がそこに向かない。人間はともすれば、憎み合い、奪い合い、自然を破壊し、秩序も無にしてしまう…。経済は、無害の物に分解できない製品を生活の中に取り込み、地球を汚染することで利益を得られる限り、富の追及を止めない。まさに経済が進化すればする程、見えていなかった課題が浮上、一昨年来の新型コロナウイルス等はその典型であろう―。
そのような中にあって、主が成し遂げた贖い、教会が保持して来た信仰の奉仕は、どんなに進化しても追いつけない人間の魂の根源的な欠陥に作用するものであるということを、その後の成り行きを知る信仰者は確認すべきである…。 |
「わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」
(ヨハネ四・14)と主は促す―。
実に、多くの人は喉の渇きを潤す方法を知っている。そして、それは自らの手で摂取できるが、魂の渇きを潤す方法を知らない。その渇きのために命まで落とす人が後を絶たない…。体の本質的な要素が水であるならば、魂の本質的な要素は愛ということになる。我々は、愛されて喜び、愛されて忍耐し、愛されて希望し、愛されて信じて来た筈である。従って、特に信仰者である我々は、愛という無償の恵みの水を飲むように招かれ、それは洗礼の際に始まっている。ともあれ、我々の住む星は美しい水の惑星である。見えない課題の浮上にも神様の恵みの水が働いてくれる…。
いろんなことが情報としてすぐに得られる時代。…ネットやスマホで調べれば、簡単に解る。それでも人生は、実際に体験してみなければ解らないことだらけである…。
春を呼ぶ菜の花―。
若い世代なら、ほんの数える程の菜の花の思い出も、老いを担うこの男には64回の菜の花の思い出という 豊かさがある…。神様の恵みと愛は、調べるというより、体験して解るものであろう…。
鈍さと少しの豊かさを携え、高齢者の域に向かう者である。 |
初聖体、おめでとう
21名の園児たちのむねに |
四旬節を迎えて最初の日曜日の2月14日、浦上小教区内の4つの幼稚園、保育園、認定こども園の園児21名(男児10名・女児11名)が初聖体のお恵みに与った。純心幼稚園6名、長崎信愛幼稚園2名、うみのほし保育園9名、ローザ認定こども園4名。
開祭前の挨拶で久志神父様は「今日、子供たちは、初めてキリストの体であるご聖体を受けてキリストを迎え入れ、キリストの体である教会共同体との交わりを深めることになります。私たちも神の家族として、この喜びに与るお恵みに感謝しましょう」と会衆に呼びかけられた。続いて、園児一人ひとりの名前が呼ばれると、紹介された子供たちは、「よろしくお願いします」と今日の喜びをそれぞれが大きな声で表していた。
説教に続き、初めての聖体拝領に臨む、園児たちの決意表明の声が聖堂内に元気いっぱいに広がり、喜びのうちに初めてのご聖体拝領が始まった。
感謝の集いでは、園児を代表して、マリア山本美子さん(ローザ認定こども園)が喜びと感謝の気持ちを伝え、子供たちから神父様方へ花束と記念品が渡され感謝のうちに初聖体式は終了した。
最後に、久志神父様は子供たちに向けて、キリスト者にとっての初聖体の思いでは、これからのあなた方の人生の中できっと励みと力になるはずです。とお祝いの言葉を贈られ、今日の式のためにご協力をいただいた方々へは感謝の気持ちを伝えられた。
【おれいのことば】
ひさししんぷさま、しんぷさまがた、きようは はつせいたいのしきをおこなってくださり、ありがとうございました。
わたしたちは、おうちのひとたちや せんせいといっしょに かみさまのことをべんきょうしながら はつせいたいのひがくるのを たのしみにしていました。
きょう たくさんのかたがたの おいのりのなかで はじめて いえすさまを おむかえすることができ、うれしいきもちで いっぱいです。
しんぷさま、しんとのみなさま、わたしたちがこれからもずっと、いえすさまといっしょにいられるように、おいのりを よろしくおねがいします。
きょうは ほんとうに ありがとうございました。
やまもと みこ
(ローザ認定こども園)
【こどもたちから】
うれしかった。こころがやさしくなった。イエスさまのこころになった。
こばやし こと
(うみのほし保育園)
いえすさま、せかいのみんながへいわになりますように。コロナがはやくなくなりますように。
まつかわ ほこな
(純心幼稚園)
ぼくは、はつせいたいで、イエズスさまをこころにおむかえしてとてもうれしかったです。それからさいごのばんさんのとき、ぱんとぶどうしゅをイエズスさまのおんからだとおんちにかえられたことにびっくりしました。「イエズスさま、これからもかみさまによろこばれるよいこにしてください。」
とみた とうま
(長崎信愛幼稚園) |






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スタートしました、原爆遺物展示室管理「フレノ会」
信徒による原爆展示室開始 |
2021年2月8日は浦上教会の新たな門出となりました。昨年、信徒会館の「原爆遺物展示室」が整備され、信徒中心にした体制の奉仕者から構成されるアクション団体「フレノ会」が正式に活動を始めました。
木曜日を除き、朝10時から16時まで2クール(10時 ~ 13時と13時 ~16時)の二人体制。その初日の模様もドキュメントで紹介。
9時30分に、スタート初日の担当TさんとFさんが司祭館で鍵を受け取り、宣教の最前線へ向かいます。マニュアルに従って各ドアを開け、照明を点灯。ガラスケースを拭き必要の品を準備し、「オープン」の表札と案内板を表に出して整いました。
10時の主任司祭司式による開所の祈りには、マルチレス中町の方々も駆けつけ、お祝いのお花も贈ってくださり、大いに花を添えてくれました。訪問者には平和を、奉仕者には多くの実りを、と激励の言葉で新しい宣教活動がスタートです。
奉仕者の緊張が伝わってきます。来館者はこの日、9人。 |

「ロザリオ工房みかえる」が制作したロザリオ等の販売はセルフサービス。午前の部・Tさん「とても緊張しました。信者としてこの奉仕で教会観が変わる思いです」と感慨無量の様子。午後の部は、閉館時間近くに床掃除と戸締り後、鍵等を司祭館に返却して無事終了。
いよいよ、浦上の丘から平和が発信されることになります。どうぞ、遠慮なくお立ち寄りください。ここは「触れ合いの場・交流の場」でもありますから。 |
感謝をこめて
50年近く本当にありがとうございました。 |
カトリック浦上教会の神父様方と信徒の皆様、典礼センターピエタの普及所として浦上教会の信徒会館の一角を50年近く使用させていただきましたこと、本当にありがとうございました。
信徒の皆様はもとより、浦上教会を訪れる多くの方々との出会いを通じて、私たちはミッションを果たすことができました。時の流れの中で様々な出会いがありましたが、私たちとの関わりから信仰に導かれ神の家族になった方々のことは、本当に大きな喜びでした。教会に訪れる方との関わり、もてなし、聴くことの大切さをここで学ばせていただきました。今まで本当にありがとうございました。
新しい信徒会館が今を共に生きる多くの人々のニーズに応え、福音のよろこびを伝える場となりますように祈っております。 |

私たちも皆様と共に、皆様に支えられながらこれからもミッションを果たして参ります。今後ともよろしくお願いいたします。
師イエズス修道女会
長崎修道院 |
フレノー神父帰天110年
―「ヨセフ年」に合わせて ― |
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「神の家族」1月号の巻頭言で、助任の尾髙師が旧浦上天主堂建設に着手したフレノー神父の帰天110年について記しています。それを受けてこの紙面で今後さらに紹介していくことは意義があると思われますが、理由は幾つかあります。
一つは、110年という節目であること、また教会建設に直接に関わったことから、いま検討・準備している「教会学校」と「信徒の集いの場」を兼ねた建物の建設に向けてフレノー師の言動がとても参考になり力になること、さらにはこの2月から信徒会館にある原爆遺物展示室と売店を管理・運営するアクション団体の名称が「フレノ会」、売店「フレノ」と命名されたこと、そして強いてあげるなら今年「ヨセフ年」にあたり、大工でもあった聖ヨセフとフレノ師が重なり、フレノ師を介してこの特別年を有意義に過ごす機会になるということです。
次回からは、浦上教会出身で大阪教区の山口 正神父(1970年6月2日帰天)編集の小冊子「浦上の使徒 デオドール・フレノ神父」を基に連載して浦上天主堂の生みの親・フレノ師を偲ぶことにします。ご期待ください。 |
評議会だより |
【3月】
(5日)初金ミサ(女性部担当地区:橋口・岡)
10時
性虐待被害者のための祈りと償いの日
初金ミサの中で (本部)
十字架の道行(四旬節中の毎金曜日)
19時30分 十字架山
教会では19時より (典礼)
(7日)教会学校3学期終業ミサ・終了式
7時30分 (信教)
本年度亡くなられた会員のためのミサ
9時30分 (壮年)
新小学1年生保護者会
9時30分ミサ後 教会学校 (信教)
評議会 19時 信徒会館 (本部)
(11日)旅の日記念ロザリオ
5時30分 (典礼)
(12日)十字架の道行 19時30分 十字架山
教会では19時より (典礼)
(14日)堅信式
9時30分ミサ (信教)
第1回新堅信組保護者会
(小学6年生対象)
9時30分ミサ後 教会学校 (信教)
(17日)「日本の信徒発見の聖母」記念ミサ
19時 大浦天主堂 (教区)
(19日)聖ヨゼフ祭日 6時 (典礼)
十字架の道行 19時30分 十字架山
教会では19時より (典礼)
(21日)叙階式 13時 (教区)
(21~26日)黙想会
(25日)神のお告げ 6時 聖堂 (典礼)
(26日)枝切り奉仕 9時 聖堂前
(本部・ビン・エリ・)
十字架の道行 19時30分 十字架山
教会では19時より (典礼)
(28日)受難の主日(枝の主日) (典礼)
(30日)聖香油ミサ 10時30分 (教区)
【4月】
(1日)聖木曜日(主の晩餐)19時 (典礼)
(2日)聖金曜日(主の受難)
大斎・小斎
十字架の道行 15時 十字架山 (典礼)
(巡礼団14時教会出発)
交通整理・十字架担ぎ: 壮年会
担当:エリ、ビン、本部・全地区
(本部・壮年会)
主の受難 19時 (典礼) |
(3日)聖土曜日・復活徹夜祭 19時 (典礼)
(3~4日)ご復活祭愛の募金活動 (ビン)
(4日)復活の主日
7時30分 9時30分 (典礼)
新役員任命式 9時30分ミサ (本部)
評議会 19時 信徒会館 (本部)
(11日)旅の日 記念ロザリオ「旅する教会の神秘」
5時30分 (典礼)
生きておられる全会員のためのミサ
9時30分 (壮年会)
壮年会年次総会
9時30分ミサ後 信徒会館 (壮年会)
(18日)新年度始業ミサ、始業式・入学式
7時30分ミサ、ミサ後 (信教)
(20日)小学生勉強始り 16時 教会学校 (信教)
(24日)新入生歓迎会 13時 (信教)
中学生勉強始まり 17時30分 (信教)
(29日)永井博士追悼ミサ 14時 聖堂 (ビン)
ビンセンシオ会員・家族・帰天会員
のためのミサ 6時 (ビン)
行事は変更・中止される場合があります。
四旬節 十字架山道行き当番 |
月 日 |
委員会等 |
担当地区等 |
3月5日 |
・信生
・ビン
・典礼 |
上野1・2、高尾 広報、エリ |
3月12日 |
・信教
・レジオ |
本原、大手、扇、女の都
信使、歴史、在世会 |
3月19日 |
・広報
・エリ |
辻l・2、石神1・2 本部、女性、経済 |
3月26日 |
・信使
・在世会
・経済 |
本尾1・2、
江平1・2・3
壮年、青年、学生
、シャローム |
4月2日
(聖金曜日
午後3時) |
・エリ
・ビン
・本部 |
全地区 巡礼団は午後2時に教会出発 |
※ 十字架山での十字架の道行きは、四旬節の始まり(灰の水曜日)の週の金曜日から聖金曜日までの期間中、午後7時30分から行います。ただし聖金曜日は午後3時より行います。
(また教会内でも、午後7時より「十字架の道行き」が行われます。十字架山へ行けない方は、こちらに参加してください。聖金曜日は15時より行います) |
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黙 想 会 の ご 案 内
【日時】3月21日(日)~26日(金)
【指導司祭】宮原良治司教様(前福岡司教)
【内容】2日間コースを夜3回、昼2回
昼の部
① 3月22日(月)~23日(火)
② 3月25日(木)~26日(金)
●ゆるしの秘跡:8時30分~9時30分
講話が終わり次第11時頃まで
●祈り(ロザリオまたは十字架の道行):9時~
●講話:9時30分~ |
夜の部
① 3月21日(日)~22日(月)
② 3月23日(火)~24日(水)
③ 3月25日(木)~26日(金)
●ゆるしの秘跡:18時30分~19時30分
講話が終わり次第21時頃まで
●祈り(ロザリオまたは十字架の道行):19時~
●講話:19時30分~ |
◎2日間とも各1回の講話(合計2回)とゆるしの秘跡、ミサはありません。 |
今月の典礼担当地区 |
《3月》四旬節・聖ヨセフの月
7日[日] 四旬節第3主日 大橋
14日[日] 四旬節第4主日 昭和
21日[日] 四旬節第5主日 橋口
28日[日] 受難の主日(枝の主日) 上野1
世界青年の日 |
《4月》四旬節・復活節
4日[日] 復活の主日 本部
11日[日] 復活節第2主日 上野2
(神のいつくしみの主日)
18日[日] 復活節第3主日 高尾A
25日[日] 復活節第4主日 高尾B
世界召命祈願の日 |
浦上四番崩れ
「旅」の始まりから150年特集(26) |
「因幡(鳥取)」
に行った人たち②
餓えに苦しんだのは椿谷だけでなく善久寺に残った者も、鮨詰め難がないだけで同じでした。
椿谷から改心した男子が収容され、男子部屋の次の間に7、8歳の子供たちを置いて親の心を動かそうと試みられました。独りになった子供は母や姉を求め仕切戸にすがって泣き叫びます。これに見て堪らず改心を申し出る者もいました。頑固者とされていた17名が椿谷に送られてから、皆改心を申立ててしまいました。
楠木正隆の視察からは厚遇され、椿谷の監獄から出され、善久寺の者たちも共に丸山の円護寺に移されました。楠木正隆の温厚さに改心者たちは改心の取消を歎願し、楠木は寛大に願いを許しました。視察が終わってからは、不改心者は善久寺に収容されますが、食事は依然と同じで、折角改心を取消した者も終わりまで忍び得た者は余り多くありませんでした。不改心者の中で特に厳しく苦しめられたのは伝道婦ワサで、毎日改心を迫られ、手のひらに火をのせられることもありました。皆が浦上の地を踏んだのは1873年5月23日でした。
広島教区鳥取教会では5月に椿谷への巡礼が行われている。 |
「阿波(徳島)」
に行った人たち①
徳島へは総員116名。先ず戸主23名は1月6日、尾張及び四国諸藩預けの人たちと同船して徳島へ送られました。徳島に上陸すると直ぐに本経寺と東行寺に分けられ収容されました。
改宗の説得は翌日から行われ、本経寺では誰一人応じる者はありませんでした。頑強に拒絶した松尾藤吉は手錠7日の刑を受けました。
間もなく東行寺から一本木の咲太郎が移されてきました。この時、東行寺の人たちは咲太郎以外皆が改心を申立てて諸方の寺院へ移されていました。数日後、和三郎や主だった者5名が御用に出されました。和三郎は中でも熱信者で、頑強に拒みましたので、その場から本牢へ送られました。
翌年正月になると寺の中に拷問所が設けられ、不改心者の和三郎他11名は激しい拷問を受けました。ある者は頭髪を梁にくくられて吊り下げられ、ある者は賽銭箱の上に座らされて鉄棒で打ち叩かれました。翌日には和三郎以外皆が改心してしまいました。しかし和三郎も眼前で頼みにしていた父が証文に捺印するのを見て気が抜け、勧められるまま捺印してしました。 |
家族で霊名の日を祝いましょう |
<今月の聖人> |
3月 March
17日 日本の信徒発見の聖母
19日 聖ヨセフ |
4月 April
29日 聖カタリナ(シエナ)おとめ教会博士 |
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浦 上 街 道
久志 利津男 |
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司祭としての道のり
「主任時代」(5)
当時は郊外型のモデルであった諫早にあって、当然、若い家族が増えつつありました。その背景を踏まえ、まず着手したのが新しい委員会の発足で、子供たちの今後を見据えての「信仰教育委員会」と様々な行事を立案実施していく「信徒生活委員会」を立ち上げました。時を置いて、諫早を離れる間際には「壮年会」が出来るほどに、主任の呼びかけに応える信徒の積極的な姿には感動さえ覚えました。時のしるしだったかもしれませんが、考えられることの一つは、司祭とともに教会共同体のあり方を信徒の皆さんが真剣に感じ取っていたからだと思います。理由(わけ)があります。 |
前任の田中千代吉神父様が復活祭日のミサ中に体調を崩し、その姿を間近にした信徒は驚き慌てふためき、改めて司祭の存在とだからこそ信徒自ら動かねば、という思いに駆られたがゆえだと思います。その状況を何度も聞かされ、田中神父様の健康快復を願いながら、先輩司祭の功績がどんなにか大きかったかをしっかりと受け止めて司牧に専念したつもりです。自分で言うのも何ですが、よくやったと思います。何せ35歳という、一番バリバリの時でしたから。
聖母行列は本明川に沿って行ない、バザーも地域の方々を交えて盛大でした。新年会では想像もしなかった方の出し物にはびっくり仰天。現役の警察官、同級生を無理に誘って本番さながらの「白鳥の湖」には驚きと大爆笑が脳裏に刻まれています。その子供たち、「継続は力なり」の精神でいるでしょうか! |
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この季節になると、いつも胸の奥が少し切なくて、じんわりと熱くなる光景が目に浮かぶ。4歳で洗礼を受けた息子は毎朝ミサ後に主任神父様方から遊んでいただくのが大好きだった▲平野神父様は柔らかな笑顔で歌って踊ってハグして喜ばせてくださった。当時の司祭館のシスターがびっくりされていたのが忘れられない▲小島神父様は雨の日以外は毎朝必ず抱き上げてはクルクルとブランコのように揺らして遊んでくださった。そして冗談のように本気のように「幼稚園の間だけだよ。小学校に上がったらもう抱っこはしない。でもちゃんと見てるからね」と話されていた。 |
やがてその日はやってきた。11年前の3月31日。この日を境に神父様に抱かれる息子の姿を見ることはなくなった。しかし言葉通り、侍者として奉仕させていただきながら、温かな見守りの中で様々なことを経験させていただき今に至る▲今年は小神学校への入学者がいないと聞く。コロナ禍で主日ミサも教会学校も中止措置となり、神さまからの声が聞きとりにくかったのだろう。四旬節に入り復活祭に向けた準備を始めた私たちが「祈りの姿」をもって神さまからの声を子どもたちに届けたいものだ。 |