2021
インターネット版
わたしの名のために
このような子供の一人を受け入れる者は…(マルコ9・37)
 発行所 カトリック浦上教会
 評議会 広報委員会
 
目次
宣教を妨げるもの パート2
平和祈願ミサ
原爆犠牲者追悼ミサ
新教皇庁大使レオ・ボッカルディ大司教様大司教館を訪問
ヨゼフ三村誠一神父様追悼ミサ
評議会だより
9月の地区集会
今月の典礼担当地区
教会学校
浦上抄(その4)
今月の聖人
浦上街道
久志神父の「続編」発行案内
赤鉛筆

主任司祭 ペトロ 久志 利津男
8月9日 髙見大司教様司式
犠牲者の永遠の安息と永遠の平和を祈る


緊急事態宣言の下、信徒が与れなかった追悼ミサ
行事などのお知らせ

9月と10月の典礼当番
教会学校清掃と保護者の交流、小学生黙想会
歴史の示し
家族で霊名の日を祝いましょう
特別編 浦上街道の回顧(2)
『自分史』
編集後記
宣教を妨げるもの パート2
主任司祭 ペトロ 久志 利津男
 人の容姿について、多くを語ることは控えねばなりません。人権にも関わるからです。そして神様からいただいた大事ないのちだからでもあります。その意味では、体型がどうだろうと髪の毛がこうだろうと問題ないのです。問題はその対処の仕方です。体に応じて服を着こなす司祭を知っています。性格かもしれませんし、育ちが良いのでしょうね! ファッションセンスの素晴らしさです。逆に外出先でもままならない姿でいる司祭を見かけますが、田舎ではだらしないことを「ずんだれ」と言っていました。
 信者は案外、司祭の言動もそうですが、その外見を見ていないようでしっかりと見ています。外よりは内なるものが大切ですが、外見は内なるものを正直に示す場合がほとんどですので、いつも気を遣って整えておかねばなりません。「ミサ直前に起きました」と言わんばかりに、髪の毛が乱れ、眠気顔は明白にそのことを物語ります。「夕べ、飲み過ぎたんじゃない?」「声もかすれて、歌い過ぎたに違いない!」と聖なる雰囲気に、否応なしに雑念が入ります。 結果として、ミサの進行は普段とは少し違うようにも見受けられます。
 毎朝、4時に起きて、冬であろうと水のシャワーで体を引き締め、教会を開けて照明を点け、寒ければ暖房を入れて信者を迎え聖務日課でもって心も整えてミサをささげる司祭を知っています。参加する方々は身も心も引き締まる思いで聖なる時間を過ごすことでしょう。
 通常、常識のある人は、例えば服を着こなし、準備万全と同時にその場に相応しい体裁で臨みます。当然に、キリストの代理者である司祭、そして宗教家の前に、一人間としてしっかりとした外見でもって自身の存在意義を表現しなければなりません。もし、あまりにも常識を逸脱して「ずんだれ」と思われるならば、残念ながら、それはすでに宣教を妨げている大きな要因になっていること、間違いありません。
 「キリストを着る」(ガラテヤ3・27)という表現があります。キリストとの親密な交わりによって、キリストのようになることを意味します。聖書を読みながら想像するのですが、「果たしてキリストはどんな顔、どのような髪型をしていたのだろう?」「服装や話し方、その声は?」、「あんなだったろう」「いや、こんな風だった」など思いは尽きません。一つ言えることは、その口から出る言葉内容もさることながら、その容姿は清潔感みなぎらせ、その風貌が規律正しい私生活を知らしめてくれる、だからこそイエスのそのすべてに魅了されたのです。
 「キリストを着る」司祭を志して、早36年となりました。
平和祈願ミサ
 コロナ禍の中で迎えた76回目の長崎原爆記念日。今年も感染拡大の防止から、教区主催の平和祈願ミサは中止となり、それぞれの小教区で追悼のミサが捧げられた。

 浦上教会では18時、被爆マリア像と被爆十字架の奉納に始まり、2019年フランシスコ教皇が爆心地から発した核兵器廃絶のメッセージ映像が流された。続いて今年4月に亡くなられた小崎登明修道士の原爆体験を綴る紙芝居「原爆を見た17歳の夏」が上映され、教会学校の小学生が朗読を担当した。また、上映後には中学生二人の先唱でロザリオ一連を唱え、18時30分からミサが始まった。
 ミサは髙見三明大司教、中村倫明補佐司教と6人の司祭が共同で捧げられ、今年の7月に新しく着任した駐日教皇庁大使レオ・ボッカルディ大司教、参事官のヴェチェスラブ・トゥミル神父、酒井俊弘補佐司教(大阪教区)も参加された。
 この日のボッカルディ大使の説教は中村補佐司教が日本語で代読され「1945年8月9日というこの悲劇的な日の犠牲者を偲び、祈りを捧げるとともに、全世界に平和ときょうだい愛の新たな夜明けが訪れることを共に祈りましょう」と結ばれた。
 ミサの終わりには、新大使の歓迎式が髙見大司教の通訳を入れておこなわれ、大使から髙見大司教(日本カトリック司教協議会会長)へ教皇庁からの信任状が手渡され、髙見大司教が歓迎の挨拶をされた。

原爆犠牲者追悼ミサ
 8月9日は長崎に原爆が投下されて76年になります。浦上教会では原爆で犠牲になられた方々の冥福をお祈りし、朝6時と11時02分に「原爆犠牲者追悼ミサ」が行われました。
 午前6時のミサの中で、久志主任神父様は原爆に遭われた故・永井隆博士のことに触れられました。
 永井先生が亡くなられて70年を迎えます。「永井先生は、医療従事者としてあってはならない原爆の恐ろしさを後世に伝えていかなければならない」と語られていました。
 原爆投下時刻の11時02分。長崎市内に鎮魂のサイレンとアンジェラスの鐘が鳴り響く中、教会では静かに黙祷が捧げられました。
 司式された尾髙神父様は「76回目の長崎原爆の日を迎えました。原爆で亡くなられた方々の永遠の安息を願ってお祈りしましょう」と挨拶されました。
 説教の中では、被爆当時救護所にいた医学生の手記を紹介され、これほど酷いことを信者たちに与えたことを許した神様に祈る姿を見て、あの人たちのお祈りは原子爆弾を作り、落とした人も含めて人間が犯した罪に対して謝罪の祈りであったこと。そして、浦上の信者たちの信仰は神様に対して本当に信頼する心を現わすものでした。人間が犯した愚かな行為と過ちを反省し、永遠の平和を祈ろうと語られました。
新教皇庁大使レオ・ボッカルディ大司教様大司教館を訪問
 8月6日(金)広島での平和式典とミサに参加された、新教皇庁大使レオ・ボッカルディ大司教様が9日までの日程で滞在のため大司教館に到着された。ボッカルディ大使は昨年なくなられたジョゼフ・チェノットゥ大使の後任として3月に任命されていたが、新型コロナウイルス感染対策から7月に着任された。
 この日のお迎えは浦上教会学校の子供達が手作りの横断幕を掲げ、保護者、司祭、シスター方と一緒に歓迎した。
 長崎滞在中、大使は同行のトゥミル参事官と共に、浦上教会、二十六聖人記念碑、出津教会などを訪れ、9日の浦上教会での平和祈願ミサにも参加した。
ヨゼフ三村誠一神父様追悼ミサ
  長崎県に独自の緊急事態宣言が出されたのを受けて、長崎教区では8月22日から9月6日までの主日、週日の公開ミサの中止を決定した。
 これを受けて浦上教会では信徒に向けて、9時30分のミサをライブ配信することを決め、8月22日(日)髙見大司教様と司祭団がミサを捧げた。
 この日は7月16日に亡くなられたヨゼフ三村誠一神父様の追悼ミサが行われることになっていたが、信徒の参加のない、司祭団のみの追悼ミサとなった。
 後日、信徒も参加しての追悼ミサが予定されている。
 また、高見大司教様はミサに与れない場合は霊的聖体拝領の祈りをささげる様に呼びかけられている。
 霊的聖体拝領の祈り

 主イエスよ、▲わたしはあなたが聖体の秘跡のうちに現存しておられることを固く信じ、全てを超えてあなたを愛し、わたしの魂のうちにあなたをお迎えしたいと望んでいます。
 実際にご聖体をいただくことができない今、少なくとも霊的にわたしの心の中にお出でください。
 すでにお出でくださったものとして、あなたを迎え入れ、わたしの全てをあげてあなたと一つになります。 決してあなたから離れることのないようにしてください。
 アーメン。

(2021年8月19日 長崎大司教 暫定的認可)
評議会だより
【9月】

(5日)評議会 19時           〈本部〉
     神学生養成援助金封筒回収   〈女性〉
(7日)小学生勉強始まり 未定     〈信教〉
(11日)旅の日記念ロザリオ
       5時30分           〈典礼〉
     中学生勉強始まり         〈信教〉
(12日)十字架山殉教祭 14時
      設営13時           〈本部〉
(14日)十字架の称賛 6時       〈本部〉
(16日)恵の丘訪問 11時
     カトリックセンター集合     〈エリ〉
(19日)敬老者、病気療養者のためのミサ
     病者の塗油の秘跡
       9時30分          〈本部〉
(26日)世界難民移住移動者の日献金
       各ミサ           〈典礼〉
    聖ビ・ア・パウロの祝日
     SSVP会員・家族のためのミサ
       6時            〈ビン〉
    教会学校清掃・保護者交流会
     7時30分ミサ後 教会学校   〈信教〉
    聖トマス西と15殉教者ミサ
     14時 中町教会        〈教区〉
(26日)尾髙神父様(聖ガブリエル)
       霊名のお祝い(祝日9月29日)
     9時30分ミサ         〈信使〉
【10月】

(1日)初金ミサ(女性部担当地区:坂本1、2)
      10時            〈本部〉
    十字架の道行 19時       〈本部〉
(3日)評議会 19時          〈本部〉
(9日)被爆者のための祈り
      10時 被爆マリア小聖堂  〈レジオ〉
(11日)旅の日記念ロザリオ
      5時30分          〈典礼〉
(24日)世界宣教の日献金 各ミサ    〈典礼〉
    病者のためのミサ 6時     〈ビン〉

 行事は変更・中止される場合があります。
      エリザベット会
     愛の献金送金手伝い

 久志神父様の温かいご配慮のもとに浦上教会の愛の献金箱より送金させていただきました。
        送金明細
・純心聖母会(ブラジル)      10万円
・レデンプトリスチン修道院(ハイチ)10万円
・幼きイエズス修道会
   (アフリカチャド・カンボジア) 5万円
・浦上養護施設            5万円
・日本カトリック信仰宣教者会     5万円
・社会福祉法人別府光の園       5万円
9月の地区集会日程
地区名 時間 場所 担当司祭
辻2 7日 19時 公民館 久志師 
石神1
8日 19時30分 公民館 尾髙師
坂本1 9日 19時30分 公民館 尾髙師
石神2 新垣宅 鼈甲屋師
平野 19時 喫茶ジャスミン 久志師
辻1 10日 19時30分 公民館 久志師
小峰 深井宅 鼈甲屋師
江平 12日 19 時 公民館 鼈甲屋師
高尾 公民館 尾髙師
平和 公民館 鼈甲屋師
公民館 久志師
昭和 17日 19時 文教町公民館 尾髙師
上野 1 18日 20時 公民館 久志師
橋口 19日 19時 公民館 久志師
本原 公民館 尾髙師
女の都 25日 20時 教会学校 久志師
お休み 本尾、坂本2、上野2、大橋、大手 
 今月の典礼担当地区
《9月》

5日[日] 年間第23主日        上野1
       被造物を大切にする世界祈願日
12日[日] 年間第24主日         上野2
14日[火] 十字架称賛
19日[日] 年間第25主日         高尾A
26日[日] 年間第26主日         高尾B
         世界難民移住移動者の日献金
《10月》 ロザリオの月

3日[日] 年間第27主日         本原
10日[日] 年間第28主日         扇
17日[日] 年間第29主日      石神1・辻2
24日[日] 年間第30主日         石神2
        世界宣教の日献金
31日[日] 年間第31主日      大手・女の都
教会学校
  教会学校清掃と保護者の交流

 2020年度から教会や建物に感謝を示し保護者のミニ交流を目的に始まった教会学校清掃。今年度初の掃除は7月25日約30名近くが集まり親子で黙々と手際よく掃除をした。保護者も顔見知りが増え久しぶりの再会に笑顔の挨拶。初参加の保護者も積極的だった。お陰で教室も水槽もあっという間にピカピカになった。子は親の背中を見て育つと言うが、この小さな活動の継承を祈りながら、未来の教会のために若い力を期待したい。
  小学生黙想会

 昨年は中止した教会学校黙想会が7月27~28日(低学年)と、29~30日(高学年)に行われた。テーマは「旅」。総数約80名が参加した。『浦上生まれの津和野の小さな殉教者もりちゃん』のDVD視聴、尾髙神父様のお話、そして資料を基に作業をした。「三尺牢」体験もした。最終日は、ゆるしの秘跡とミサに与り、無事終了した。

子どもの感想まとめ

 もりちゃんはすごいです。わたしも前よりも神様を大切にしたいです。少しどきどきしたけど、自分の罪を言って、ちゃんとゆるしてもらえてうれしかったです。
                   1年生
 神様と話してすっきりしました。僕も三尺牢に入りたかった。(昨日休んだので)ゆるしの秘跡を久しぶりにしたら、緊張したけどできて嬉しかったです。
                   2年生

 黙想会に参加して、紙芝居や神父様のお話で、感じたことは、神様がいつも一緒にいるということ。だから僕は、頑張れます。お祈りを大切にできる人になりたいです。
                   3年生

 一年ぶりの黙想会は、覚えていないところもあったから、意外と難しかった。でも「旅」について詳しく聞けたのが良かったです。
 もりちゃんが、どんな苦しみを受けたか?
 森安太郎さんや、森山裕次郎さんが、イエス様を信じて殉教したのはなぜか?
 そして、その大切な命は、イエス様が絶対に導いてくれると思います。だから私も、嫌なことがあったら、イエス様に償って、悪いことを家族や友達にしないようにします。そのため、もっともっとイエス様について知りたいと思います。
                   5年生
浦 上 抄(その4)
広報担当司祭
  歴史の示し

 2000年の昔、パレスチナという世界の一隅に産声を上げたキリスト教は、今やユーラシア大陸の東の淵、日本列島の西の端に位置する長崎は浦上の地で厳然と生き続けていることを思う時、人間の歴史の壮大さに圧倒されると共に、その深い神秘に行き着く。
 人間が、ここに至ることができたのは、他者の経験を自己のものにすることができ、また、自己の経験を他者のものにする能力を神から授かった故である。人間が一人で得られる力は小さくても、何千年の間、何億の人間が互いに教え合ってきた結果を生かすことを知る点で、人間はこの地上を治めることができ、今後どこまで発展するかわからない可能性を持っている。
 今の浦上がある経緯は、枚挙に暇がないが、その一端は、15〜16世紀に地動説を証したコペルニクス、それを機に始まる大航海時代は宗教改革の波と相まり、フランシスコ・ザビエルが日本に福音をもたらすに至る。

 折しも、封建社会の渦中の日本にあって迫害と殉教を越え、信徒発見におけるプチジャン神父やイザベリナ杉本ゆり、全国22ヵ所に流刑されるも忍耐をささげた浦上の信徒、信仰の拠り所として神の家の構築に寄与したフレノ神父とラゲ神父、さらに、あの忌まわしい原爆被災にあって、医療を施し、平和を希求し続けた永井博士…皆、自己にとってかけがえのないものを他者に与えた時に、神はそれ以上のもので自己を満たしてくださる。誰かのために誠心誠意尽くすことを自己の幸福としていた。
実に、人間はその望みを探っていくと、心の襞(ひだ)に幸福になりたいという強い望があることに気づく。そして、さらにその向うを探ると、その幸福になりたいという望みを支えているもっと強く大きな望みがあることを知る。愛と慈しみ、憐みへの望みである。本当の幸福とは、この愛と憐み、つまり神に触れる、これ無しに人間は生きていけない。このことを、歴史の示しから探るに適した秋が今年も到来する。
 <つづく>
家族で霊名の日を祝いましょう
<今月の聖人>
9月 September

3日 聖グレゴリオ一世教皇教会博士
8日 聖マリアの誕生
10日 日本二〇五福者殉教者
13日 聖ヨハネ・クリゾストモ司教教会博士
15日 悲しみの聖母
16日 聖コルネリオ教皇 聖チプリアノ司教殉教者
20日 聖アンデレ金と同志殉教者
21日 聖マタイ使徒福音記者
23日 聖ピオ(ピエトレルチーナ)司祭
27日 聖ヴィンセンチオ・ア・パウロ司祭
28日 聖トマス西と十五殉教者
29日 聖ミカエル 聖ガブリエル
              聖ラファエル大天使
30日 聖ヒエロニモ司祭教会博士
10月 October

1日 聖テレジア(幼いイエスの)おとめ教会博士
4日 聖フランシスコ(アシジ)修道者
7日 ロザリオの聖母
15日 聖テレジア(イエスの)おとめ教会博士
18日 聖ルカ福音記者
28日 聖シモン 聖ユダ使徒
 浦 上 街 道

             久志 利津男
 特別編 浦上街道の回顧(2)

 1985年3月19日の司祭叙階式では、感動しなかったその理由を記しました。それを読んだシスター曰く、「式直前に、『シスター、夕べ、父親が大変だった久志君は大丈夫か!』と心配そうに話しかけた松永補佐司教様を思い出しました」。館長の川原神父様から例の事を聞いていたのでしょうね。ということは、式の中でハラハラしていたのは私だけはなかったのです。
 それで思い出しました。実は叙階前晩にセンターでは飲んで騒ぐ父親を義理の兄がなだめたのですが、火に油を注ぐ形で大喧嘩となり、義兄は出て行き、叙階式にも参加していませんでした。このことも耳に入っていたものですから、あの時にどんな思いでいたかお察しできる
と思います。ですので、正直にあの時の感動がないのです。
 感動と言いますと、先日、ある信徒の方から電話の先で「連載の『浦上街道』を読みながら、自身のこれまでと重なっているようで、あの頃のことが鮮明に思い巡らされます」と感動めいた言葉をいただきました。厳粛のうちに行われる叙階式であのような状況とはいえ、だからこそ父がこの道筋を整えたがゆえだと、これまでの歩みをこうして共有してくれる方がいる喜びを感じ取っています。
 日本舞踊の事も懐かしい限りです。ある女性の方から「とても拝見したく」との言葉に衝撃の思いが垣間見えます。父と同年だったこの踊りの先生、昨年、天に召されました。偶然でしょうが、司祭としての道のりにはなぜか父が同行しているようです。
久志神父の「続編」発行案内



 この度、前著『生きてるっていいね!』の続編が発行されました。タイトルは『自分史』。
 前作が4月に発刊してまもない中、読者の要望に応える形でそのキッカケを同著の冒頭で次のように記しています。
 「笑(小)神学校をまとめて見てはどうですか」と宮古島の方から電話の先で、前著『生きてるっていいね!』を送ったお礼に続いての言葉。〝そうか、まとめたらいいんだ〝と素直に受け取り、司祭への道のりと司祭としての道のりの小神学校の後に抜けていた大神学校から始まり、すでに書き終えた助任時代の三浦町・飽の浦教会、主任時代の諫早教会以外の宮古島平良・大浦教会、東京・中央協議会、中町・浦上教会と順を追って書き始めました。
 今回、これまでの63年を思い出すままに記している『自分史』の意図することは、「繋がり」と過去を振り返ることの大切さ。コロナの終息が未だに見えず、主日のミサの中止など信仰生活に大きな影響を与えかねない中、本書が一つの気休めになればとの趣旨が功を奏するかは読んでのお楽しみ。
 前回と同じように、各地区単位で、個人は司祭館受付で配布しています。
 筆者は現在39歳。二度と来ないこの年齢を「サンキュー(39)イヤー」と勝手に称し、感謝の心を大切にするよう心掛けている。初めての「赤鉛筆」執筆。よろしくお願いします▲教会が建物だけでなく共同体、つまり「神の家族」なのだと実感するようになったのは結婚し、家庭を持ってから。ミサに与るだけでなく、地区、広報委員会、壮年会と関わりを持つようになった。息子には信仰を継がねばとの気持ちに▲新型コロナで、長崎県にまん延防止等重点措置が初めて適用された。8月27日から9月12日まで。“第5波”はこれまでにないほど深刻な事態となっている。 ▲ミサは再びリモートに。すぐそこに教会があるのに、世界中どこからでもアクセスできるYouTubeを介してでないと参加できない。説教やお知らせはホームページでチェックの日々▲仕事の会議もリモートが多くなった。職種によっては在宅勤務の人もいることだろう。一方、「神の家族」は集い、心を合わせることで結束をより強固なものにしてきた▲集わずにできることが増えるほど、集うことの価値が増していく。そのことを再認識しつつ、今はとにかく祈りと感染防止の徹底、そして周囲への感謝を。